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2008/11/26

ポール・クルーグマン「クルーグマン教授の経済入門」

経済学の本を本屋で探してもオーソドックスな理論を素人にわかるように説明してくれた本は見つけられない。逆に、直近のいろいろな現象(サブプライムローン問題)の解説や、詳細に突っ込まない概要や以前の構造改革のレビューなどはたくさんある。

アメリカでも状況は同じようなものらしい。クルーグマンはこの本で経済全体を見渡した解説を試みている。クルーグマンによると、経済にとって大切なこと(たくさんの人の生活水準を左右するもの)は3つしかない。それは、生産性、所得配分、失業。これ以外は間接的にしか重要ではない。まず最初にそう言いきってこの本は始まる。

クルーグマンはもちろん3つの最重要問題以外のことにも目を向けて解説している。たとえば、貿易赤字、財政赤字、G7などなど。そのなかで1章を日本に関する記述に割り当てている。この章は、翻訳者の山形も言うとおり「日本がどう見られているかというかなりバランスのとれた文になっている。」
簡単に内容をまとめてみると:
まず、日本は輸出はしても輸入はあまりしない国であるという事実がある。そのため、日本のやり口はちょっと違う、と見られている。また、90年代までは、日本はアメリカに投資はしたが、アメリカから日本への投資は難しかった。 さらに、アメリカに進出した企業は日本から部品などを輸入する量が他の企業と比較すると多かった。

一方、とはいえ、アメリカ経済全体を考えると、日本が、というよりも貿易や国際競争が左右するのは「ほんの端っこのとこでしかない。」

おまけに日本のバブル崩壊からの経済の不調が長く続いたため日本問題自体がなくなってしまった。

ということになる。

他にも、
  • インフレを我慢するコストは実はたいしたことはなく、逆に、インフレを抑えることは生活に影響が大きい
  • アメリカの貯蓄率が下がったことが貿易赤字の裏返し
など、日本で(もしかしたらアメリカでも)正確な説明がなされていない問題を簡潔に解説している。

クルーグマンは2008年のノーベル経済学賞を受賞した。この本はその業績との直接の関係はない。
原著第3版を山形浩生が翻訳した。以前の版に入っていた章を復活させて翻訳していたり、「日本がはまった罠」というちょっとお堅い論文をおまけにつけたり、というサービスをしてくれている。

2008/11/07

ビョルン・ロンボルグ 「地球と一緒に頭も冷やせ!」 -- 温暖化問題を問い直す

2008年の洞爺湖サミット(福田総理大臣時代)に間に合うように訳出された一冊。急いで翻訳した効果があったかどうかは不明だが。

ロンボルグはアル・ゴアの「不都合な真実」をはじめとした温暖化防止至上主義のあいまいな部分や誇張を明確にして、物事の優先順位を冷静に考えることを提案している。

冒頭にはホッキョクグマの話が取り上げられている。温暖化のせいでホッキョクグマが溺れて死ぬエピソードが一過性のもので、実は全体としては増えている。また、狩猟により年に四九頭が射殺されているのをやめることで救うこともできる、という説明をしつつ、この議論の構図が温暖化の議論に共通していることをロンボルグは示唆している。

管理人が個人的に最も気になっていたのは、温暖化している(これ自体はロンボルグも否定はしていない) ことでマラリアなどの伝染病が日本でも流行るのではないか、ということだった。これについてもかなりのページを割いて検討されている。それによると、

  • マラリアが蚊の中で成長するには16度以上であり、かつ、40度以下(蚊が死なない範囲)でなければならない。そのため、温暖化により16度以下に下がらない地域が増えるとマラリアのリスクが増すことになる。
  • 50年から100年前には、ヨーロッパやアメリカではマラリアは広く伝染していた
  • 温暖化にもかかわらずこの100年ぐらいの間にマラリアは上記の地域ではほぼ絶滅した。
  • 京都議定書にアメリカとオーストラリアが参加して順守したとしてもリスクは80年で0.2%減るだけ
  • 年間30億ドルかければ2015年には半減させることできると予想されている
この本を通して万事がこの調子。つまり、
京都議定書をきっちり守るには膨大な費用がかかるが、それだけ費用をかけても今ある心配事は解消しない。それに比べて同じ費用をうまく配分することでもっと幸せな未来を手に入れる可能性がある。そういった観点で何を先にやるべきかという優先順位を検討するべきではないのか?ということがロンボルグの一貫した主張。

温暖化防止論で主張されている主要な観点を統計や論文によって検証し、どこまでが誇張で実際の予想ではどの程度悪化するのか、といったことが細かく提示されている。この本の良いところは参考文献が示されているので読者も確認することができ、この本を出発点にして自分なりに論証することが可能な点だ、と思う。

参考文献リストはソフトバンククリエイティブのウェブサイトからダウンロード可能。

この本を読んだ後で調べると、国立環境研究所 地球環境研究センター のウェブサイトのQ&Aなど研究機関はアル・ゴアほど極端なことは言っていないことに気がつく。「温暖化防止熱」を一旦リセットして冷静になる効果がある本。