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2009/06/28

[PTA] 素晴らしいPTAと修羅場らしいPTA

PTA系ブロガー(笑)の、とまてさん・FJNさん・まるおさん・川端裕人さんが立ち上げたサイト
素晴らしいPTAと修羅場らしいPTA
最近のPTAに対する議論をまとめたウェブサイトとしても今後の議論の場としても使えそう。

自分の場合は今の学校は「素晴らしい」でも「修羅場らしい」でもないかも。でも、部分的に小さな修羅場は所々にありそう。

自分がPTAについて考え始めたのは中学校での副会長を引き受ける前後のことだったので、発起人の方々ほど深く長く考えてはいない。今年、副会長2年目になると1年目には見えていなかったことも見えるようになった。逆に、見えなくなったことも多い気もするが。それ以前に一度は委員会にくじ引きで参加したこともあった。そのときの下っ端生活の経験と副会長で経験することはかなり違っている。


ある知り合い(PTA関係者ではなく、子どももいない)と話しをしていたときのこと。
自分「PTAの常任委員会はほとんどがくじ引きで強制なんだけど、一年間活動して終わるころには、保護者、ほとんどは女性なんだけど、「やってよかった。」「成長できた。」みたいな感想を言うんだよね。」
知り合い「日本的だなあ。日本人って、なんでも”修行化”しちゃって、几帳面にやってしまうんだよ。アメリカ人だったら、いい加減にやるんじゃないか?」
アメリカ人がいい加減にやるかどうかはわからないが、この「修行化」というのは、うちの学校のようなほぼ強制委員会労働制のPTAでもなんとかまわってしまうことの説明にはなるんだろう。
こういう感想を言う保護者でも、「自分の成長のためにもう一度やります」という人はあまり見かけないのは、やはり、やりたくなるものではないからに違いない。

また、これは別のある日、自分がやりたくない活動(合唱祭で歌を歌う)に参加しないと言った時の当時の会長の言葉。
子どもたちだってやりたくないこと(=勉強)をやっているんです。
そういう考え方もあるんだなあ、と感心した。

この考え方の枠組みをPTAで作り上げているというよりも(もちろんそういう部分もあるが)、そもそも、保護者の多くの人生の中で多少そういった組織の中で強制的に役割を割り振られてしまう経験があり、それを黙ってやり過ごせばなんとかなる(確実に一年経過すると解放される)というあきらめの中でこなしているだけの人が多いのかなあ、と。

もちろん、手を挙げてやっている人もいるので、その場合、メンバー間の温度差が大きくなるとうまくまわらなかったり。

会社組織だと「やりたくない仕事」をやることになる場面は多いけれど、給与・賃金と引き換えに労働して利益を上げている会社と、無償労働を強制されるPTAでの委員会や動員とは根本的に違うのだが、同じようなものと考えている(考えようとしている?)人にも会ったことがある。

一方で、今の学校では完全に募集のみ(くじ引きがない)純粋な(とわざわざ断らなければならないが)ボランティアで運営される活動もある。この活動(特別委員会という形でPTAの予算から費用を負担)を見ていると、本来は募集に対しての応募のみでの活動で十分なのではないか、と思う。

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