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2008/08/08

荻上チキ『ネットいじめ  ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」』

他校のPTA役員に聞くと、「裏サイトへのアクセスは危険です」というおてがみが配布されたり、学校に裏サイト監視用のPCが一台あるらしいという噂が流れたり、と、保護者にとっての裏サイトは「かなり危険」というイメージがある。

『学校裏サイト』=いじめの温床、がマスコミの報道やPTA・学校の現在の一般的な反応だ。著者はこれについてコメントを求められた経験を以下のように言う。
私も何度か、「裏サイトの実態」について新聞や雑誌の取材を受けたことがあるが、そのたびに「『闇』の側面ばかりを強調するのは『実態』に反する」という趣旨のコメントを行っている。しかしたいていの場合、記事として出来上がったものを見ると「闇」や「弊害」という特集内容に仕上がっており、なかには私があたかもネットユーザーとして「危険性」を強調していたり、取材の内容とはまったく反対の、一面的な記述にされていたりすることもあった。
著者は生徒たちが学校とは関係なく立てるサイトを「学校勝手サイト」と呼ぶことで「裏」につきまとう「闇」のイメージを切り離して議論を進める。この「学校勝手サイト」が「裏化」することがある、ということにすぎない、と。
あらためて確認すれば、学校勝手サイトとは基本的には「学校のことをテーマに話し合う児童・生徒・学生どうしのための掲示板機能つきサイト」だ。多くの場合、既存の学校コミュニティを活性化させるために、あるいは退屈な学校空間を乗りきるために利用するものであり、何年にもわたって継続的にアクセスをするものではない。
まず、統計情報を分析すると、学校勝手サイト利用者は全体の1か2割程度、継続的に利用する生徒は数パーセント程度であり、サイトは短期で閉鎖されたり過疎化、放置されることが多い。また、「学校勝手サイトがあれば必ず不快な書き込みが現れるわけではない」。学校勝手サイトにはパソコン利用者も多く、「学校裏サイト=ケータイ文化」とはいえない。このように一般に流通しているイメージと実態がずれている。

この中で本書の中心議題とは関連が薄いが、気になるのは「学校裏サイト」問題でのレポートを多く執筆し、ある意味では権威でもある群馬大学社会情報学部の下田博次教授の取材に見られる多くの事実誤認である。事実誤認自体も問題だがそれは下田教授のネットリテラシーの話としておいておくとして、著者も書いているように「それよりもさらに問題なのは、このような言説がまったくチェックされずに、「第一人者」や「専門家」として広まってしまっていることだ」。

「学校裏サイト」は疑似問題に過ぎず、本質的な問題はネットを通じて発生する様々な事故への対処と、その方法の継承である。

本書のタイトルになっている「ネットいじめ」(=ネットを利用したいじめ)がインターネットにより生じた新しいいじめであることは少なく、 「ネット上のいじめ的な書き込み」のすべてが「ネットいじめ」に発展することはない。書き込みを分類すると、ガス抜き型、陰口型、なだれ型、いじめ利用型に分けられ、いじめ利用型のみが「ネットいじめ」の定義に合致する。

また、いじめには中間集団(国歌と個人の間に存在する集団や組織のこと、学校、会社など)での全体主義がかかわっている。たとえば、学校勝手サイトでのトラブル的書き込みでは「スクールカースト」(学校内での上下関係)が強く影響する。つまりリアルな関係とウェブは無関係ではないため、いじめの関係を断つためには司法の導入もあり得るという学者の意見を著者は紹介している(ただし、著者はこの意見には全面的には賛成ではないようだが)

また、現在、人はいくつかの中間集団に同時に所属し、ネットを通じて複数のコミュニケーションを選択的に行う「コミュニケーションの網状化」が起こっている。この網状化した状態では一つのキャラを使い続けることは「空気読めない」ことになってしまうため、キャラを演じ分ける必要性が生じた。
ウェブ文化と学校文化(週刊集団)の遭遇した現在、つねに互いのキャラのあり方を問いあうような、終わりなきキャラ戦争の舞台が偏在化したといえる。
著者は子どもがリテラシーを高める場として「チュートリアル機能が埋め込まれたシステム」を作るべきだと述べている。これは、「見せない」「監視する」方向性しか持ち得ないフィルタリングによって、有益な情報へのアクセスが遮断されたり、中国のような国家フィルタリングの危険性までも内包することへの対案でもある。
著者は自身のblogで、
いじめがなくならないように、ネットいじめもなくならない。だから、本書の提案の中ではローカルな中間集団の問題を中心に取り上げているし、だからウェブ上での対応も、「チュートリアル・ゾーン」よりはむしろ「対応フローチャート」の構築の方が重要だと思ったりしている。あくまで観察の精度を上げ、具体的対応の仕方を積み上げていくしかないから。
と述べているように、本書に「キャラ戦争」がネットいじめによって「弱者」を過剰に生み続けないようにケアできるのか、また、インターネットに「未成熟なもの」をどこまで受け入れられるのか、という問いに対する「一発解決」が書かれているわけではない。

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